 |
| CANON FL 58mm 1:1.2 前期型 |
キヤノンの明るいF1.2レンズは1956年に発売された
S 50mm 1:1.2(L39マウント)が最初で、一眼レフ用では1962年に発売された Canonflex R 用の R 50mm 1:1.2 が最初だ。 この頃のキヤノンは一眼レフ開発に後れをとり、発売されたカメラの仕様・機構には迷いが見られたけど光学設計には光るものがあった。
CANON FL 58mm 1:1.2 前期型 - 1964年発売
FL 58mm 1:1.2 が 1:1.4 レンズより先に発売されたのは、既にRマウント用の 58mm 1:1.2 があったからだろう。 CANON PELLIX の主ミラーは固定式半透過フィルムなので、フィルム面ではレンズ透過光の50%しか利用できない。 従って、非常に明るいレンズを用意しないと露出もファインダーも暗いままなので、F1.2という明るいレンズは PELLIX にとって非常に有効だ。 勿論、光学技術の優位性をアピールする役割もあったと思う。
レンズ構成
 |
| レンズ構成 |
レンズ構成は5群7枚構成の拡張ダブルガウス型である。 以前にレンズ透過光が黄色いのでアトムレンズだと思って日光浴させた事があったけど、本当に酸化トリウムによるブラウニング現象で黄色っぽかったのか判らない。 硝材の酸化トリウム含有量が少ないのか、屈折率が高い重フリントガラスなどにより透過光が黄色いのかも知れない。 でも、随分と黄変した FL 58mm 1:1.2 もある様なので、確かに酸化トリウム含有硝材が使われていた様だ。 このレンズで酸化トリウム含有硝材を使うとしたら最終レンズあたりだろうか...
 |
| プリセット絞りも可能 |
自動絞りレンズだけどプリセット絞りも可能で、絞り環の隣にプリセットリングが設けられている。 プリセットリングの白点が鏡筒先頭側の白点と同じ位置にあれば絞り環を操作しても露光中でなければ開放のままだけど、絞り値を選択した後にプリセットリングを左へ回せば選択絞り値まで絞られる。 なお、例えばF5.6→F8へと更に絞り込んでも絞り羽根はF5.6のままで、プリセットリングを更に回す必要があり使い難い。
フィルター径はΦ58mm / 絞り羽根は8枚 / 重量は410g / 最短殺意距離は0.6m/ 価格は¥33,800円で、初期型も後期型も同じだ。 外観で明確な違いは、前期型は絞り駆動レバー部のガードががかなり出っ張っているけど、後期型のガードはあまり出っ張っていない。 なお、前期型と後期型とで光学設計が変更されているのかは判らない。
分解・カビ清掃・グリスアップ
 |
| レンズの分解・清掃・カビ取り |
この個体は随分昔にジャンクな CANON PELLIX QL に着いてきたレンズで、今になってやっと分解・清掃・グリスアップ・カビ清掃を施した。 汚れていたレンズ面は比較的綺麗に清掃出来たけど、カビが広がらない様に保管していても、既に深く浸潤したカビは
カビ痕として残ったので、玉ボケ内にカビ痕が現れるかも知れない。
 |
| 現状の黄変具合 |
分解して各レンズを確認すると、後群レンズが黄色くなっているので、やはり酸化トリウム含有硝材なのかも知れない。 以前はもっと黄色かったと記憶しているけど、何度か日光浴・紫外線照射を施したので、黄変具合は緩和されている感じだ。 再度の紫外線照射はしないでこのまま使う事にした。 なお、黄変具合の写真は照明ステージ上で透過光で、白紙上での反射光ではありません。
レンズ面の清掃にはクリーニング液「Optical Wonder」を使っているけど残量が少なくなった。 別のクリーニング液を試したけど拭き残りが発生し易いので、やはり「Optical Wonder」が最も使い易い。 現在は日本国内で販売されていない様なので、日本では使えない成分が含まれていたのかも知れない。 ちなみに、大手メーカーのサービスでは独自のクリーニング液を調合していて、以前は発癌物質を含んだ独自調合品もあったけど、拭きムラなく綺麗に仕上がった...あっ、噂ですよウワサ。💦
また、ヘリコイドのグリスが抜け気味でトルクムラもあるし、距離環を早く回すと「スカッ」と飛ぶ様な事もあった。 分解ついでに、ヘリコイドの外筒・内筒ともグリスアップしておいた。 距離環のトルクが均一で適度な重さになり気持ち良く回る様になった。
分解上の注意点
 |
| 分解に注意する部分 |
ところで、このレンズは絞りより前側は普通に分解清掃出来るけど、絞りより後ろ側を分解するにはマウント側から締め付けリングを外してヘリコイドユニットと内筒とを分離する必要がある。 締め付けリングにアクセスするには、マウントガード部外周にある3個の小ネジ(赤矢印)を外して段付きガード板を取り外してから、中の絞り込みレバーと絞り摺動リングを持ち上げる.....と「はるさめ」状のパーツと硬球がこぼれ落ちて来る。💦 メカ構造を知らずに持ち上げたので後の祭りだ。 これらのパーツは絞り摺動リングをスムースに回転させる部品である。
こぼれ落ちたパーツを回収してみると、「はるさめ」は5本あるのだけれど、硬球は4個しか見つからない。 製造仕様上の硬球の数は判らないけど、硬球も5個あるのが自然なので、絞り摺動リングを持ち上げた時に紛失したと思われる。 30分ほど探してフローリングの上で極小の硬球が見つかった。
 |
| はるさめと硬球 |
この部分を分解するなら段付きガード板を取り外した後に、ビニール袋の中でレンズをひっくり返してから摺動リングを下へ抜けばパーツが飛び散って紛失するのを防げるだろう。 組み立てる時は絞り摺動リングを入れてから、5本の「はるさめ」を摺動リングの周囲に均等に落とし込み、各「はるさめ」の間に硬球を落としてから、細い押さえリングを落とせば「はるさめ」と硬球がベアリングの役目を果たしてくれる。 後はガード板を嵌めてネジ止めすれば完成だ。 なお、「はるさめ」と硬球の配置がコレで良かったのかは判らないけど、組立て後も自動絞りはスムースに開閉動作出来ている。
マウントアダプターの小改造
 |
| ガードの出っ張りが問題 |
一般的なFD→NEXのマウントアダプターはFDレンズのバックフォーカスに合わせてあるので、本レンズの様に絞り込みレバー部のガードが大きく出っ張っている(Rマウント時代の流れを汲んでいる)レンズは、アダプターの絞り駆動レバーと干渉して装着出来ない。 本レンズには絞りプリセット機能があるので、マウントアダプターの絞り駆動レバーを抜いてしまえば装着出来るし、プリセット機能で絞り込む事も可能だ。 ただし、プリセットし忘れちゃう事もあるし、普通のFDレンズ使用時には絞り駆動レバーを元に戻す必要があるので面倒だ。
 |
| 絞り駆動レバーの改造 |
そこで、マウントアダプターの絞り駆動レバーを改造して旧FLレンズでも装着出来る様にしてみた。 干渉する原因はマウントアダプターの絞り駆動レバーがレンズ側に近すぎるからで、単なる太丸棒の絞り駆動レバーを抜いて、カメラ側へオフセットした金属板(写真は墨塗りする前の金属板)に交換すればギリギリ干渉しなくなる。 勿論、FDレンズでもNewFDレンズでも問題なく装着出来て絞り込み駆動させられる。
ちなみに、CANON New F-1 の取扱説明書には、次のレンズはカメラに装着できないと記載されている FL 19mm F3.5、FL 58mm F1.2、R 50mm F1.8、R 58mm F1.2、R 100mm F3.5、R 100mm F2 おそらく、FDマウント内の建築限界を超えているからなのだろうけど、FLP 38mm F2.8 が装着出来ない事が記載されていないのは何故だ?
描写特性
遠景描写
以下の遠景描写の写真はカメラのホワイトバランスを太陽光に設定し、Dレンジオプティマイザーをオフにして撮影したカメラJPEG画像ですが、F1.2の画像に関してはカメラの高輝度露出限界によりRAW画像を1段アンダーにして現像した画像です。
FD 55mm 1:1.2 S.S.C.
FL 58mm 1:1.2 前期型
絞り:F1.2 |
絞り:F2 |
絞り:F2.8 |
絞り:F4 |
絞り:F5.6 |
絞り:F8 |
絞り開放ではフレアが多くてソフトフォーカスレンズの様な描写で、ピント合わせでもピーク位置が判り難い。 ほんの少しだけ絞ってピント合わせしてから開放に戻すのが良いだろう。
F2に絞るとフレア感が消え、中央付近は良い描写となり、周辺から隅部はボヤけた感じが残っている。 F2.8に絞ると中央付近は素晴らしい描写になるが、周辺から隅部は眠い描写だ。 F4に絞ると画面隅以外の周辺も良い描写になり、F5.6まで絞ると画面極四隅を除いて素晴らしい描写になる。 画面極四隅はF8~F11で素晴らしい描写となる。
効果として使えるドラマチックな周辺光量落ちがあり、F2に絞ると急激に改善してしまう。 絞りF2.8では少し残っているけど、絞りF4でほぼ解消される。
玉ボケ描写
以下の玉ボケ描写の写真は距離環(被写体距離)を約0.7mに設定し、 Luminar Neo Ver 1.25.1 で現像した写真です。
絞り:F1.2 |
絞り:F2 |
絞り:F2.8 |
絞り:F4 |
絞り:F5.6 |
絞り:F8 |
カビ取り清掃の結果、カビ痕が残ったので点光源の玉ボケに対する影響を確認してみた。 瞳内にカビ痕による酷いムラはない様で、中玉に小ゴミがあるレンズと同レベルなので、気にしないで背景に玉ボケを入れられそうだ。 なお、絞り羽根は8枚あるけど円形絞りではないので、絞りF2でも目立つ8角形ボケになるが諦めるしかない。
また、被写体を画面周辺に置いたので、F2.8以上に絞らないとシャープさが不足しているけど、瓶の照明を抑えれば多少は❝シャープ感❞が向上するハズだ。 なお、被写体にもよるけど、絞りを開けたふんわりした描写もオールドレンズっぽくて悪くないと思う。
一般撮影描写
以下の写真はカメラのホワイトバランスをオートホワイトバランスに設定し、Dレンジオプティマイザーをオフにして撮影したカメラJPEG画像です。 なお、記載の絞り値はボケ老人の「記憶」に頼っているので間違っているかも知れません。
絞り:F1.2 |
絞り:F2.8 |
絞り:F5.6 |
絞り:F1.2 |
絞り:F2.8 |
絞り:F5.6 |
絞り:F1.2 |
絞り:F2 |
絞り:F2.8 |
絞り:F1.2 |
絞り:F1.2 |
絞り:F1.2 |
絞り:F2.8 |
絞り:F1.2 |
絞り:F1.2 |
絞り:F1.2 |
絞り:F1.2 |
絞り:F2.8 |
絞り:F1.2 |
絞り:F1.2 |
絞り:F1.2 |
絞り:F1.2 |
絞り:F1.2 |
絞り:F1.2 |
絞り:F2 |
絞り:F1.2 |
絞り:F1.2 |
絞り開放ではオールドレンズらしいフレアっぽい写りが楽しめる。 周辺光量落ちと相まってノスタルジックな描写だ。 画面周辺ではボヤけた描写なので、主被写体は中央付近に配置すればベール越しの様な写真を撮れるけど、ハイライトが少なくなる様なフラットに近い照明だとフレア感は少なくなる。
この個体は日光浴や紫外線照射により少しは黄変が抑えられているので、発色が黄緑色に寄ってはいるけどオートホワイトバランを使うと黄色味を感じない場合が多い。 シーンによっては暖色系の発色がオールドレンズらしい雰囲気を出してくれるので、周辺光量落ちと併せて雰囲気がある写真になるかも知れない。 酷く黄変していないなら紫外線を照射を控えた方が楽しめるかも知れない。
絞り開放でのボケ味はあまり良くはない。 デフォーカスが大きい場合はどろどろに溶けているので気にならないけど、デフォーカスが小さい場合の輝点後ボケは
「ヘソ」付きのリングボケ(中央付近切り出し)になる場合があり気持ちが悪い。 デフォーカスが中~小程度の後ボケはリングボケっぽくなるので輝点を上手く使えば華やかになるが、絞りをF2.8にすると普通のボケ具合になってしまう。
逆光には強くなく、前玉が陽光を拾う様な条件だと画面端から薄い円形フレア発生し始めるので、逆光フレアが嫌いな人は有効なフードを使うべきだ。 また、太陽を画面内に入れると「未知との遭遇」みたいな虹色ゴーストやフレアが派手に発生させられるので、人によっては楽しいレンズと感じるだろう。
絞りを開けて撮ればオールドレンズらしいフレアと甘い周辺描写だけど、少し絞ると中央付近の良い描写と周辺の甘い描写が画面内でアンバランスになる。 個人的に各絞りでの描写特性は画面全域で均質な方が好きなので、このレンズはちょっと使い難い。 設計が新しくて使い易い
FD 55mm 1:1.2 S.S.C. の方をお勧めする。
あとがき
キヤノンは明るい標準レンズの開発に積極的で、
L39マウントで1956年の 50mm 1:1.2 や1961年の 50mm 1:0.95 に始まり、一眼レフ用Rマウントで1962年の 58mm 1:1.2 などを発売していた。 描写性能は別として、意地でも他社に先駆けようという意気込みは感じられた。 ただ、CANON PELLIX はF1.2レンズを装着しても明らかに暗いファインダーで、レリーズ時に暗転しない利点より、暗いファインダーに我慢できないカメラだった。
キヤノンの一眼レフはレンズ脱着時にカメラ側とレンズ側との位相が変わらないスピゴットマウントを採用したため、絞り環の値をカメラに伝達する仕組みを構築するまで長い時間が必要で、開放測光に対応できなかった。 1971年発売の F-1 や FTb のFDシステムになるまで開放測光に未対応のままで、その間に東京光学や日本光学に大きく先行を許してしまった。
Sponsored Link
0 件のコメント :
コメントを投稿