MAMIYA Prismat NP - 1961年発売

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MAMIYA Prismat NP(セルフタイマーレバー欠品)
MAMIYA Prismat NP
 マミヤといえば中版カメラシステムの印象が強いが、かつては135版一眼レフも作っていて、海外では有名だったらしい。 この MAMIYA Prismat NP はマミヤが初めての日本市でも発売したレンズ交換式一眼レフである。 巷の噂では、このカメラをベースとしてニコンの NIKKOREX F をOEM供給したと言われている。

MAMIYA Prismat NP

 マミヤ初のレンズ交換式一眼レフは輸出専用機で1960年発売の Prismat CLP だけど、初の日本発売は Prismat NP だった。 本機のシャッターは布幕横走りフォーカルプレーンシャッターで、T・B・1~1/1000のシャッター速度は現代と同じ倍数系列になっている。 Prismat CLP との違いは良く判らないが、海外のManual Focus Lenses Forumの写真を見るとカメラの容姿が随分と異なるし、シャッターダイヤルがバルブを挟んで高速側と低速側に分かれてるクラシカルなシャッターの様だ。

マミヤの135版一眼レフマウントの変遷

 Prismat NP はエキザクタマウントだったけど、マミヤのレンズ交換式一眼レフは頻繁にマウントを変更していた。 僕が把握しているマミヤのマウントは以下の通りだ。
発売年マウント仕様対応機種備考
1960年エキザクタPrismat CLP輸出専用機
1961年エキザクタPrismat NP初めて日本市場へ投入したレンズ交換式一眼レフ
1962年専用バヨネットPrismat WP工業会によるメーカー間統一マウントだったハズだが、採用したのはマミヤだけだった
1964年M42スクリューPrismat CP
1972年専用バヨネットESauto XTLM42レンズを使える純正アダプターがあった
1974年M42スクリューDSX1000
1978年専用バヨネットCSNC1000Sシャッター優先式AE対応マウント
M42レンズを使える純正アダプターがあった
1972年専用バヨネットEFZE QUARTZ将来に対応する多数の電子接点を備えたミラクルマウントと謳っていたが、将来はなかった

Prismat NPはエキザクタマウント仕様
エキザクタマウント仕様
 既に135版カメラからは撤退していたと思うけど、浦和(だったかなぁ?)のマミヤへ行った事がある。 印象は商売をする会社というより技術が好きな人が集まってる会社という感じだったなぁ。 そんな感じで、ユーザーが少ない会社なら技術的に優位なマウント方式にひょいひょいと変更しちゃいそうだ。 M42マウントは万国共通製品として需要があったのだろう。
 東京光学(トプコン)がエキザクタマウントのまま自動絞り機能を追加したり、開放測光機能を追加して行ったのとは随分と異なる思想だった。 もっとも、東京光学も絞り環回転方向を変えてみたり、晩年にはM42マウントへ変更しちゃったけどね。

 Prismat NP のミラーは回転軸が固定で「しゃくり上げ」方式ではない。 このため、ミラー下端が短いことから、135mm程度の望遠レンズ(RE.Auto-Topcor 1:3.5 f=13.5cmで確認)でもファインダー上側が少し陰ってしまう。 エキザクタマウントはフランジバックが44.7mmだけど、マウント内にバヨネット爪が深く入り込んでいるので、ミラーを大きくするのは困難だったのだろう。

自動プリセット絞り方式

自動プリセット絞り方式
自動プリセット絞り方式
 基本的にエキザクタマウントは自動絞りじゃないので、レンズは自動プリセット(半自動)絞り方式だった。 レンズのチャージレバーで絞り込みバネをチャージし、レリーズ時にはカメラ側からレンズのアームに付いた絞り込み駆動ピンを押す事で瞬間絞り込みを実現していた。 東京光学の TOPCON R も似た様な方式だけど、レンズのアームがカメラのレリーズボタンに被さり、アームのレリーズボタンを押すと瞬間絞り込み→更に押してカメラのレリーズとなるシーケンスだったので、同じエキザクタマウントでも両者に互換性は無い。 装着は出来たりするけど、細部の規格が違いそうなので止めた方が良い。

露出計は外付け

 カメラ本体には露出計は搭載されていないが、カメラのペンタ部に載せる外付けの露出計が用意されていた。 装着するにはカメラのファインダーアイピース窓に露出計装着用アダプターを着け、そのアダプターに露出計の装着爪を引っ掛けて固定する。 なお、装着したままだと巻き戻しクランクを使えないので、ノブ部を回してフィルムを巻き戻す事になる。 露出計はカメラのシャッターダイヤルと連動していて、メーター指針が指す絞り値を読み取る方式である。 この露出計は電源電池が不要なセレン光電池を利用しているが、現在でも正常に動作する露出計は少ないだろう...持ってないけど。

交換レンズ

MAMIYA-SEKOR F.C. 1:1.7 f=58mm
MAMIYA-SEKOR F.C. 58mm F1.7
  交換レンズには 35mm F2.8 / 48mm F2.8 / 58mm F1.7 / 100mm F3.5 / 135mm F2.8 が用意されたらしい。 標準レンズは MAMIYA-SEKOR F.C. 58mm F1.7 で、4群6枚構成の古典的なダブルガウス型だった。 この頃のマミヤは法人化していた自社の世田谷光機でレンズを生産していたと思うので、これらのレンズの多くは東急田園都市線の桜新町付近で作られたのかも知れない。 その後の1964年には東京工場(世田谷光機)は浦和に統合され、富岡光学を含めた社外からもOEM調達する様になったらしい。 本当かどうかは知らんけど。

 珍品としては CANON LENS O M 50mm 1:1.9 を装着して海外向けに出荷された製品ががあるらしい。 キヤノンの一眼レフ用標準レンズには 50mm F1.9 という仕様の製品は無いので、同時代の SUPER-CANOMATIC LENS R 50mm 1:1.8 を小変更して供給したのかも知れない。 なお、名称に記載されている「O M」が何を意味しているのか判らないが、「ORIGINAL MANUFACTURE」の略だという説がある。

 中古市場では MAMIYA-SEKOR F.C. 1:1.7 f=58mm は見かけるけど、それ以外のマミヤ製交換レンズは殆ど見かけない。 通常は1台のボディーに対して、利益率が高い複数の交換レンズを買わせる事で大きな事業利益を生む。 つまり、標準レンズ以外を見かけないという事は、135カメラ事業の利益は薄かったと想像される。 多分だけど、お金を貯めて交換レンズを買おうと思ったら、マウントが変わってるんじゃ買う気も失せるだろう。

あとがき

 この時期に開発された金属板縦走り方式のコパルスクエアシャッターの開発にコパルの他に小西六とマミヤ光機が関わっていた。 冒頭で Prismat NP が NIKKOREX F のベース機という事を書いたけど、Prismat NP は自社の横走りシャッターで NIKKOREX F はコパルスクエアシャッターなので遠い親戚という感じだ。
 実はリコーにも Ricoh Singlex としてOEM供給していて、NIKKOREX F とは装着パーツが微妙に異なるけどマウントも NIKON F マウントなので、NIKKOREX F と Ricoh Singlex は双子の兄弟機である事に間違いない。 また、OEMカメラの外観からは Prismat NP ではなく Prismat WP をベースとしたと考えられる。
 コニカは1960年発売の自社機 KONICA FS にコパルスクエアを搭載したけど、マミヤは自社ブランド製品ではなくニコン向けやリコー向けのOEM製品に搭載したのである。 本来なら自社の Prismat WP に搭載出来たハズだけど、なぜ自社ブランド製品に使わなかったのかは不明だ。
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